『深い夜の果てに』


ベルタ・シュミットエラー著  岸本紘訳
朗読:小川政弘

【第19回〜第27回】

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●第19回

ブリギッテをやっと探し当てたゲオルクは、またしても彼女の口から「罪」の問題を切り出されて、当惑します。クリスチャンの彼女にとっては、彼がローゼと愛のない結婚をしたことも、妻と息子を残して一方的に離婚することも、神様の前には明らかな“罪”なのですが、ゲオルクには、法的な手続きを踏んで、彼女との愛を貫くことがどうして罪なのか、理解できないのです。そんな彼に、ブリギッテは神様の創造-人間の堕落-キリストの十字架のあがないの死、この許しの福音を静かに話して聞かせるのですが…。

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●第20回

なおもブリギッテの愛を取り戻そうと必死に説くゲオルクにも、ひん死の若者を死なせたことで、心にはっきりと“姦淫の罪”を示された彼女の心は動きません。あきらめた彼は、吹雪のためにもう一晩泊まると、翌朝彼女に別れを告げ慌ただしく帰途に就きます。しかし猛吹雪の中で、チェーンを持たない彼の車は遅々として進まず、時間はどんどんたっていきます。あせる彼の脳裏に、“「ヘルムートは何の用事だったんだろう”という思いが時々かすめます。彼はとうとう“汽車で帰ろう”と心に決め、車を乗り捨てて駅を探すのですが…。

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●第21回

ゲオルクがやっと探し当てた駅に着いてみると、目の前を汽車は通り過ぎていきます。次の汽車まで2時間待たねばならないのです。閑散とした駅の待合室で、ストーブの炎を見つめながら暖を取るゲオルクを、空腹感と、様々な思いが襲います。“ヘルムートはどうした? こんな不可抗力で、わたしの帰宅をとどめる見えない力は何だ? ブリギッテはその存在を信じてる。妻のローゼマリーならどう考える?”…。恐ろしく長かった2時間がたって、やっと乗り込んだ彼が、夜9時、病院に着いてみると、そこでは…。

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●第22

病院の中は、ただならぬ空気が張り詰め、医師や看護婦が右往左往しています。看護婦の一人に何事かと尋ねたゲオルクは、やっと、自分の息子ヘルムートが、指の傷が悪化した敗血症で危篤だということを知り、がくぜん愕然とするのです。高熱にうなされた息子の、“父の執刀を”との頼みに、ゲオルクは、自分が2日間ほとんど寝ていないのを承知の上で、手術台に立ちます。息子はもう手遅れだと分かった彼の心には、この一言が大きく響き渡るのです。「罪、罪、罪だ!」と── 。

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●第23

父親自身の執刀による、ヘルムートの手術が終わりました。絵の才能を発揮していた彼の右腕は、永遠に失われてしまいました。いいえ、腕だけではありません。ありとあらゆる医学の粋を尽くした治療も、もはや手遅れであることを、ゲオルクは知っていました。しょうすい憔悴しきった彼の病室を、妻のローゼマリーが訪れます。死にゆく息子のそばにいたいというのです。そんな彼女に、それまで感じたことのない哀れみといとおしさを覚える自分自身に彼は驚きつつ、今こそ自分の罪のゆえに、息子は犠牲となって死んでいくことを悟ります。なすべき正しいことを知りながら、行ってこなかった罪のゆえに…。

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●第24

3日3晩の戦いののち、ついに最愛の息子ヘルムートは息を引き取ります。ゲオルクの胸に、激しい悔悟の念と、長い間眠っていた妻ローゼマリーに対するいたわりの思いがわき出ます。その思いは、彼女もまた同じでした。自分の自負心が、いつしか夫への愛を“殺していた”ことに改めて気づいたローゼは、彼への真実な愛にあふれた自分の日記帳を、眠っている夫の元に置くのです。それを読んでまたも激しい罪悪感に打ちのめされるゲオルク。でも、愛する息子の死によって、ひとたび自我の壁が崩れた2人には、それは新たな受容と赦しへの、確かな一歩でした──。

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●第25

息子の死で、“永遠の世界”に目を開かれたゲオルクは、自分の罪への死後の裁きの恐れと、そこから救い出してくれる存在について、深く思い悩みます。そんな彼は、ある末期がんの患者、ゲルトナーを診察していて、自分の病を知りながら、不思議に平安と喜びに満ちている彼の姿に驚き、その秘密を探ろうとします。そして彼に勧められるままに聖書をひも解いた彼は、“人は「恵み」によって救われる”という真理に目覚めてきます。でも、その“恵み”は、こんな罪ある者が、どうしたら手にすることができるのか──。彼の悩みは深まるばかりでした。

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●第26

いよいよ重症のがん患者ゲルトナーの手術の日が来ます。ゲオルクは同僚たちの提案に従って若い医師たちの後学のために公開手術をすることにしますが、彼の魂の導きのために何としてもゲルトナーに生きていてほしい彼は、開腹してあまりにひどい症状の前に、初めて「主よ助けたまえ」と祈るのです。手術は成功し、ゲルトナーを病室に見舞った彼は、ゲルトナーが静かに聖書を読んでいるのを見て、彼にこのような平安を与える“存在”に改めて深い興味を抱きます。ゲルトナーもまた、毎日のように回診のあとに立ち寄るゲオルクを忍耐深く聖書から導きます。彼の魂の“解放”の時が近いことを予感しながら──。

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●第27

そんなある日の会話の中で、ゲルトナーはローマ書3章を開くと、ゲオルクと信仰の核心について話し出します。「義人はいない。一人もいない…。」ゲオルクは、今、自分が世の中で一番罪深い人間だと思っていました。妻を裏切り、看護婦との恋に走り、それがもとで最愛の息子を死なせた男。それに比べてこのゲルトナーはまるで聖人ではないか…。そんな彼の目に、次の言葉が飛び込んできます。「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないのゆえに、価なしに義と認められる。」“恵み、恵み。こんな罪深い人間に、神の恵みは本当にあるのか? 悩み苦しむゲオルク。しかし彼は、その時、神の大いなる救いのすぐそばまで近づいていたのでした。やがて、その瞬間が訪れます──。

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